つれづれなるままの日々

隔日、または連日でなにかを書きます

赤い頬

私は恋をした。

空は高く叫び、木々は青く萌えた。

私はこれを人間としての証拠だと考えた。

彼女の挙措の一切は関係なく、

美しさ、艶めかしさに奪われたのだ。

それを思う私は、悲しく自嘲する。

「私の知、理、悟性はすべて人間という物の怪の前では無力なのだ。」

内に積み上げてきた知は雲散霧消し、底に一枚の「本能」を、私は見た。

 

いいや、

本能が私に”見させた”のだ。

月下美人

幕が閉じた。

軽いバイオリンと、おもむきが違ったピアノが織りなす、ひどい演奏会から逃げ出すように八月の太陽に身をさらす。だけど、外はもっともっとひどい。みんな僕をいじめている。まったく、ひどい話だ。

すべてから逃れるために愛車のスバルに乗り、クーラーのスイッチを入れる。スバルがあまりにも暑いので、一度外に出て八月と五分間だけ戦った。

スバルを出して数分たつと、助手席に座っていた天使が体を起こして、音楽を流した。オール・ザ・キャッツ・ジョイン・インに合わせて鼻を鳴らしながら足をばたつかせている。それも、とても満足げに。

「なぁ、やっと八月との不可侵条約を結んだんだし、すこしゆったりした曲にしないか。僕はネコでもないし、君も八月の太陽じゃないんだから。」と、車線を切り替えながら言った。天使は足をばたつかせるのをやめ、ストレイ・キャッツのディスクをいれた。やれやれ。天使じゃなくて猫なんじゃないだろうか。

幹線道路にさよならを告げてしばらくたって、ようやくアパートについた。スバルを駐車し、ストレイ・キャッツを静かにして車を降りた。

鍵を差し込み、ノブに手をかける。開こうとするが、違和感があった。

うらぶれたノブをひいたとき、違和感の正体がわかった、

「いいにおいがするね。」天使が僕の腰あたりでそうささやいた。僕の半分ぐらいの高さしかない天使がそうささやいた。

「そうだね。書庫を見に行ってみようか。」僕は天使に脱ぎ散らかされた靴を慰めながらそういった。

月下美人の天ぷら

おいしいよね。

 

 

 

むかし、某ドーンで読んだこれがイチバン面白かったです。

もう一度よみたいなぁ...

Heaven

新たな発見をしたとき。

難問をわがものとしたとき。

だれかと意見をかわすとき。

ひとを褒めるとき。

勝負に勝ったとき。

ものを書くとき。

本を微笑みながら読むとき。

猫を見たとき。

珈琲を飲んでいるとき。

音楽を楽しんでいるとき。

しじまの夜に沈むとき。

 

Heavenはなにも語らない。

ものを語るのはわれだけであり、

きみのわれだけである。

人生のすべてに夢があるから

歌詞はいいものだ

例え海の向こうの言葉であっても。

 

it don't mean a thing

 

"SWING!"

男女の違いについて

私は男性である。いかにも。

そして女性ではない。じつに。

そして、それぞれの違いとはなんだろうか?

 

というものが世間一般で語られる男女というもののそれである。

だが、まずこの前提に対して、私は異を唱えたい。

その異とはとどのつまりあなたがどちらかである限り、もう一方ではない。だから違いを考えるということはできないのだ。

違いというものはそれぞれを公平な視点で考えるところから始まる。

しかし、あなたが人である限り、どちらかの圧倒的な経験と、どちらかの圧倒的な未知を有しているのだ。

それが公平であろうか?

また、例外として、ふたつの性を経験する人がいる。

彼らは公平な視点を持ち合わせているのではないか。との考えがあるだろうが、それは違う。彼らの経験はどちらかの経験と、どちらかを経験した経験なのだ。

 

だから、男女をくらべるということは、永遠に机上のものだ。

 

だから、どちらかの圧倒的な黄金体験を楽しむといい。隣の芝生は青く見えるものだが。

真正性判定理論

呪われた年齢は!

勉強に!

読書に!

忙しい!

 

そう、イスラームや、中華の王朝のように、目まぐるしく。

しかし、本当にそうなのか?

口実ではないのか?異端ではないか、その考え方は。

真正性判定理論は刀剣がぶつかりあう中で磨かれていく。