鯨と羊とおおいなる猫

草を食むように、文字をならべます

月下美人

幕が閉じた。

軽いバイオリンと、おもむきが違ったピアノが織りなす、ひどい演奏会から逃げ出すように八月の太陽に身をさらす。だけど、外はもっともっとひどい。みんな僕をいじめている。まったく、ひどい話だ。

すべてから逃れるために愛車のスバルに乗り、クーラーのスイッチを入れる。スバルがあまりにも暑いので、一度外に出て八月と五分間だけ戦った。

スバルを出して数分たつと、助手席に座っていた天使が体を起こして、音楽を流した。オール・ザ・キャッツ・ジョイン・インに合わせて鼻を鳴らしながら足をばたつかせている。それも、とても満足げに。

「なぁ、やっと八月との不可侵条約を結んだんだし、すこしゆったりした曲にしないか。僕はネコでもないし、君も八月の太陽じゃないんだから。」と、車線を切り替えながら言った。天使は足をばたつかせるのをやめ、ストレイ・キャッツのディスクをいれた。やれやれ。天使じゃなくて猫なんじゃないだろうか。

幹線道路にさよならを告げてしばらくたって、ようやくアパートについた。スバルを駐車し、ストレイ・キャッツを静かにして車を降りた。

鍵を差し込み、ノブに手をかける。開こうとするが、違和感があった。

うらぶれたノブをひいたとき、違和感の正体がわかった、

「いいにおいがするね。」天使が僕の腰あたりでそうささやいた。僕の半分ぐらいの高さしかない天使がそうささやいた。

「そうだね。書庫を見に行ってみようか。」僕は天使に脱ぎ散らかされた靴を慰めながらそういった。